焦慮と焦躁は意味がちょっと違います。
自分なりに考えてみました。

木村敏は「自己・あいだ・時間」のなかで次のように言っています。
『人間は時間的・歴史的存在であり、その時間性と歴史性を
わが身に引き受け損ねる時”自己固有の自己性”が失われ
障碍、すなわち精神の病が生じるのである。
その障害のありようを、統合失調症の場合事前的、うつ病
の場合事後的として言っています。
つまり、前者はこれからくる事態を予感的に先取りする
「祭りの前(前夜祭)の情態性、後者はすでに起こってしまった
事態を後悔するとともに反芻する「後の祭り」の情感性と言い換える
事が出来る。
さらに解りやすく説明すると
時間を川の流れに例えるならば、統合失調症の焦慮感は
流れに乗って急流を下る人が、水自体の流れを忘れいやが
上にも大きな速度を求めているのに似ており、
うつ病(メランコリー者)の焦燥感は、流れに逆らって急流を
さかのぼる人が力つきて、水に押し流れながら必死にあがいている
のに似ている。
治療的に前者に必要なことは、無理な努力をしなくても、
自然に自分を目標点まで運んでくれる流れ自体を認識させて
やる事であり、後者に必要なことは、かなりの後退はやむをえぬ
事を認めさせて、その間に再出発の気力を貯えさせることであろう。』
木村敏は自己の確立が大事であるといっていますがこの
自己の確立が自分にはわかりません。再度読み直して
みようと考えています。
中医学的に考えてみます。
中医学では「焦慮」は未来のことが確定できず、肯定できなく、
把握することが出来ない苦しみ,陰寒が重く、腎陽をむりや
引っ張り出す病態の陽です。腎陰虚⇒肝火上炎⇒痰火上擾
⇒痰迷心窮の病証です。
「臨床中医学各論}の張 瓏英先生は天王補心丹や定志丸などを
使用しています。
焦慮がさらに進んだ状態が「抑鬱」ですが、「抑鬱」は陰寒が
さらに進み無陽の情態です。治療には陰寒を破壊するとありますが
陰陽相互依頼の関係にあるので、興奮と抑制がバランスをとって
いるため、抑制過多となり反対の狂騒の情態になります。狂騒の
状態は弧陽無陰の情態です。興奮の情態が「焦躁」といえるかも
しれません
この時点では主に重鎮安神剤を使用することになります。
(竜骨・牡蛎・琥珀・珍珠んど、朱砂は中国ではよく使い
ますが日本では使用できません。)
中医学的に考えると統合失調症は陰陽が一方に偏在し
交互に入れ替わる病証ととらえることができます。
現在どちらの情態にあるか見極めが大事になります。
最初にもどり、「焦慮傷肺」「焦躁傷肝」と
考えられます。神明を統率するのは「心」ですから
治療の中心は「心」になります。
「焦慮」には養心安神、「焦躁」には重鎮安神と成るでしょう。
この他にも「安神」の方法はいくつもあり、どの処方が
適応するのか難しい問題です。統合失調症の誘因として有名な
言葉があり。
<屈無所曲。怒無所泄。求望高遠不得志>
(屈して曲げる所なし。怒っても排泄するところなし
高遠なものを望んで志を得ず)が言われています。

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