「こころの病に挑んだ知の巨人」 山竹伸二 著
日本を代表する精神科医の解説書です。本来なら理解し難いものを解りやすく
解説しています。この中の森田正馬について引用しました。
「神経質」:普通の人にも起こる感覚、気分に対して過度の執着を示し、誤解と
迷妄を重ねる特殊な気質。
「ヒポコンドリー性基調」:神経質という病の根底にある器質、神経質のこと。
神経質の患者は自分の恐怖や苦悩にのみ目を向けて、他人を顧みる余地がない。
自己中心的で他人に同情できないし、他人を羨んで憂欝になり、短気で、周囲と
融和できないところがある。
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人間の精神の働き、作用の仕方には一定の法則があり、素質によって多少の違いはあっても、
精神が作用する原理そのものは変わらない。
森田正馬はこの原理に着目、洞察から出発し、心の病が発生するプロセスの原理を
見出そうとした。
「精神交互作用説」
精神交互作用とは、われわれがある感覚に注意すれば、その感覚は鋭敏となり、そうして鋭敏に
なった感覚はそこに注意を固着させ、この感覚と注意が相まって交互に作用することにより
その感覚をますます強大にする、そういう精神過程を名づけたものである。
ある感覚に対する注意の集中がますますその感覚を高めその結果、さらにその感覚に注意が集中し
感覚が高まる。・・・・・・・・・・・・・・・
この誰にでも起こり得る精神交互作用が、生来の神経質的傾向(ヒポコンドリー性基調)によって
過度に働き、悪循環に陥ると、心の病になる。
心の病の治療で必要なのは、ヒポコンドリー性基調に対する陶治もしくは鍛錬と、精神交互に
対する破壊もしくは除去なのである。
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精神交互作用はなぜ悪循環に陥るのか
「精神拮抗作用」
ある感じ(欲望)が起これば、同時にそれと反対の観念が生じるという原理がある。ほめられれば
後ろめたくなり、非難されると、反発のこころがおこる。
「思想の矛盾」
ある欲望が生じたなら、それは事実として動かい難いはずだ。ところが精神拮抗作用が生じ、
頭では「そんな望んではいない」と考え、その欲望を否定したとすれば、事実の反する
思考(思想)が生じていることになる。
重要なのは、人間の精神の働きについて原理を理解し、思想の矛盾に陥らず、「あるがまま」
に生きることなのである。
「あるがまま」にいられないのは、事実としての自分を受け入れられず、「理想化された自分」
に固執しているか、「あるがままの自分」では周囲に認められないと考えているからであり、
こうした「事実としての自分」の否定が「思想の矛盾」を生みだしている。しかし
「あるがままの自分」を受け入れれば悪循環は断ち切れる。
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森田自身、東京帝国大学医科大学に入学した頃、神経質的な傾向が顕著になり、身体のこと
ばかり気にし、病気ではないかと気に病むようになった。
父からの仕送りが途絶え、食費や医療費の支払いもままならない状態となったため、
父への面当てに死んでもいいと定期試験の準備に没頭。破れかぶれの状態で死ぬ気で
勉強に打ち込んだ。
この結果成績が急上昇しただけでなく、病に対する不安と恐怖が消失した。
目の前の勉強に没頭することで、身体を気にする余裕もなく頭痛や心臓病、脚気のことを
忘れていた。
このことで重要なことに気付いた。
目の前にある対象(やるべきこと)に打ち込めば、他のことはきにならなくなる。
自分の身体に対するきがかり、病気の心配もわすれ、神経的な不安や恐怖は消滅する。
過去や未来のことばかりくよくよ思い悩まず、現在やるべき行為に打ち込むことで
神経症は治るのではないか。そう考えるようになった。
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夏目漱石が「私の個人主義」のなかで共通するようなことをいっています。
「私の経験したような煩悶が貴方がたの場合にもしばしば起こるに違いないと私は
鑑定しているのですが・・・・・・・・・・・・・・
学校を出て三十以上まで通り越せなかったのです。その苦痛は無論鈍痛ではありましたが
年々歳歳感ずる痛みには相違なかったのであります。
だからもし私のような病気に罹った人が、若しこの中にあるならば、どうぞ勇猛に
御進みにならん事を希望して已まないのです。(自分とぴたりと合った仕事を発見する
まで邁進しなければ不幸である。)
もし其所(そこ)まで行けなければ、此処におれの尻を落ち着ける場所があったのだと
いう事実をご発見になって、生涯の安心と自信を握ることができるようになると思うから
申しあげるのです。
自分は六十を過ぎてもいまだに鈍痛をひきずっています。全神経を集中できる仕事につく
ことはこのうえなく難儀なことです。
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